Mid-field的日々の泡

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【お江戸ホリック】大晦日
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     「…に行くか」

    四月一日がすっかり食い散らかされた何枚もの皿を忙しく片づけている横で、ぼそりと低い声が言った。

    「ああ?」

    四月一日は汚れた食器を流しの上の水桶に浸けたまま、百目鬼を睨み返した。
    冬も存分に深まった大晦日の夜の水は、指先が凍えつくほどに冷たい。あともう数刻もすれば気温はもっと下がり、本当に水桶の中の水には氷が張ってしまうだろう。もうすぐ凍える前の水の冷たさはついつい四月一日の神経を尖らせ、ついでにその声をも尖らせた。

    「何言ってんだか知らねえが、俺は年明けまでにこいつをすっきり洗っちまわなきゃならねんだよ!
    もうすぐ年も明けるっつに好き勝手食い散らかして洗い物増やしやがって!これだと全部洗わなきゃ明日使う皿がねえじゃねえか」

    今日は大晦日ということで、朝早くから大掃除やら買い出しやら、お節の準備から正月飾りの飾り付け、挙句の果てにいつもの通りのんべんだらりの百目鬼の飯と酒の世話までさせられた四月一日は、水桶の中の水の冷たさと相俟って苛々と百目鬼に言った。
    それが八つ当たりであるような気もややしないでもないが、だが、その中に百目鬼の部屋の掃除やら、百目鬼分を含めたお節やら酒の準備やらの労働分も入っているとなると、やはりこれは正当な怒りであるような気がしてならない。
    それにしても何だってこの男は当然のように自分にそれをさせて当然のような面をしてそれを綺麗に平らげているのだろう。
    作ったものを残されるよりかはマシだが、作った手間を一瞬にして胃の腑へと突っ込むこの大食漢に於いては、時折というか大体のところ、まず憎しみにも似たものが去来することを、四月一日は止めることができずにいる。

    「それはいい」

    四月一日の話を聞いているのかいないのか、返答の意味によっては全く聞いていないように思える百目鬼の言葉に、四月一日は片眉を上げた。いいというのは、何がいいというのか。

    「…何がいいってんだよ、皿がねえなら明日のお節だって食う皿がねえんだ。今洗わなきゃ明日の朝飯も食えねえ」

    苛々しながら言い募る四月一日に、百目鬼はついと座敷から立ち上がると、四月一日に向かって歩き出す。

    「なんだよ、おめえが洗うってのかよ殊勝に」

    口を尖らせて続けようとする四月一日の隣に、土間に下りて草履を引っ掻けた百目鬼がすっと立つ。
    自分より高いすっきりとした体躯に、四月一日は流しに屈み込んだままやや焦ったような気持ちでその顔を見上げた。

    「なに…」

    「それはいい」

    見あげた端正な顔が自分を見下ろしているのを、やや気恥ずかしい気づまりさを感じながら、四月一日は手を止めた。近づいた百目鬼の気配が、その体温の温かさを空気越しに伝えてきて、その体温が妙な居心地の悪さを誘う。

    やや気勢が弱まった四月一日に、百目鬼はふっと目を伏せると、腕を動かした。
    え、と思った瞬間、四月一日の掌に、乾いた温かいものが触れる。

    「…な、」

    「冷てえな」

    触れた指先の冷たさを確かめるように、百目鬼は四月一日の指先を握り締める。その手の平の温かさと強さに、四月一日はとっさに言葉を忘れた。

    「…おい」

    温かい手に包まれた指先をそのまま引かれて、四月一日は前に立つ男を見た。無口な男は何を考えているかいつもわからなくて、こんな時でさえ自分にはこの男が何をしようとしているのかわからない。だが、手の平の熱と指先を掴む力だけは、四月一日に百目鬼の何かをわからせた。
    それがなんであるのか、つきつめて考える気はあまりしなかったけれども。

    「今年はもう働き収めだ。…九軒に蕎麦食いにくぞ」

    そう言って雪の薄い木戸を空けて、百目鬼は四月一日の手を引く。強い力に、四月一日は転げるようにその後をよろよろと追うようについてゆく。

    外は真っ黒に暗くて、指先がそのまま感覚を失くしそうに冷たい。その中を大きな白い雪がぱたぱたと冷たい綿のように舞い落ちてきて、その冷たさを頭に、腕に、背中に受けながら、四月一日は前を行く男の背中を見詰める。

    「…やってんのかよ」

    何を言っていいのかわからなくて、ぼそりと益体もない言葉を呟く。九軒が今夜年明けまでやっていることは、一昨日顔を出した際にひまわりから直接聞いて知っていた。だが、目の前を自分の手を引いて歩く男に、何かひとつ、言葉を掛けたかった。

    「やってるだろ、大晦日だ」

    ぼそりと答える声は低くて、だが、その声は冷たくない。それは自分の手を引く手の平と同じくらいの体温を有していることを、四月一日は知っていた。いつも。ずっと前から。

    雪が冷たい。いつもは寝静まった江戸の町も、今日ばかりは解放されて、ざわざわとあちこちで人の声や気配がする。もうすぐ新しい年が明けるのだ。

    四月一日は握り締められた指先にきゅっと力を込めた。今年もありがとうと、そんな決して口にはできない言葉を、その力に全て託すように。



    …ってなわけであけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いしまっす!!
    | たかなづ | Ph.field | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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